シャープ vs ダイムラー 無線通信関連の訴訟特許紹介(EP 2667676)

 今年は欧州を中心として無線通信関連の特許訴訟、特に通信事業者と自動車メーカの間で訴訟のニュースをよく耳にしました。その一つにはシャープ(原告)と ダイムラー(被告)の間で行われたLTE通信規格に関する特許侵害訴訟(事件番号:7 O 8818/19、独ミュンヘン地方裁判所)がありました。

 今回はこの訴訟で用いられたシャープのLTE通信規格に関する特許(EP2,667,676)を紹介したいと思います。

 この特許はランダムアクセスと呼ばれる処理に関するものです。ランダムアクセスは移動局と基地局との間で同期をとるために行われる処理で、主に移動局が通信を開始するときに行われます。またそれ以外にも何かの理由で両者の間で同期が取れなくなったときに再同期をとるためにも行われます。この’676特許の発明は移動局から基地局への上りリンクの同期が外れた際に基地局側から移動局に対して再同期のためのランダムアクセスを要求するためのものになります。

 通信開始時の接続確立のためのランダムアスクセスの処理では、まず移動局(MOBILE STATION DEVICE)から基地局(BASE STATION DEVICE)に向けてプリアンブル(PREAMBLE)と呼ばれる信号が送信されます(Ma1)。プリアンブルは上りリンク用の物理チャンネルであるPRACHで送信されます。基地局はプリアンブルを検出すると移動局から通信要求があると判断し、同期確立に必要な情報を乗せてレスポンス(Ma2)を移動局に返します。その後、更なる信号のやり取り(Ma3,Ma4)が行われ同期が確立されます。

EP2,667,676 Fig.17

 ’676特許の発明は、上りリンクの同期が外れたときに、基地局から移動局に対してランダムアクセス開始要求を物理下りリンク制御チャネル(PDCCH:physical downlink control channel)を使って送信する場合に無線リソースの効率化を行うためのものです。

 PDCCHは基本的には無線リソースの割り当てのためなどに使用されるチャネルで、各種パラメータ割り当ての領域を含む所定のフォーマットの信号ですが、このうち既存の領域(具体的には下りリンクリソース割り当ての為の領域)をランダムアクセス要求の指示にも流用し、新たに領域を追加することなく、ランダムアクセス要求の指示を可能とするものです。

EP2,667,676 Fig.1

 上のFig.1はPDCCHを用いて下りリンクリソースの割り当てが行われる場合の信号フォーマットです。通常、先頭の12ビットは下りリンクリソースの割り当ての為に用いられています。

EP2,667,676 Fig.3

 一方、Fig.3はPDCCHを用いてランダムアクセス要求を行う場合の信号フォーマットです。ここで先頭12ビットに下りリンクリソースの割り当てなしを意味する所定の値がセットされた場合に、ランダムアクセス要求を意味することになります。

 これによりPDCCHの信号フォーマットに新たな領域を追加することなく、PDCCHを使って基地局からのランダムアクセス要求を可能とする内容です。

 クレーム1は以下の通りです。

  1. A mobile station device included in a mobile communication system, the mobile station device comprising:
    a receiver configured to receive, on a physical downlink control channel from a base station device, control information having a downlink control information format and being addressed to the mobile station, wherein
    the downlink control information format is used with a same total number of bits for downlink scheduling and a random access order,
    in a case that the downlink control information format is used for the downlink scheduling, the control information provides a downlink resource assignment, and
    in a case that the downlink control information format is used for the random access order, a preset value is set for a field of the downlink resource assignment.

 それではこの特許はLTE規格のどの部分に関連しているのでしょうか。

 例えばLTEの規格書(3GPP TS 36.212 version 8.8.0 Release 8)では以下のような記載があります(赤いアンダーラインは筆者による)。

 PDCCHによるランダムアクセス要求の場合とそれ以外の場合でResource block assignmentの値は異なり、前者の場合は所定値が割当てられています。

 今回は以上です。