標準必須特許(SEP)関連 英国最高裁判決(2020.8.26)

概要

 2020年8月26日に英国で標準必須特許(SEP)関連の最高裁判決が出されました。本判決は英国控訴院(England and Wales Court of Appeal Appeal)が下した2つの控訴審判決(UK [2018] EWCA Civ 2344 及び UK[2019] EWCA Civ 38)に対して行われた英国最高裁判所への上告審の判決です。両控訴審はSEP権利者(Unwired Planet,Conversant)が中国通信事業者(Huawei,ZTE)に勝訴した第一審に対して中国通信事業者が控訴したものでしたが、いずれの控訴も棄却されていました。中国通信事業者は更に上告を行い、今回はその上告審に対する判決が出されました。

 上告審では上告人(Huawei,ZTE)の主張に基づき(1)管轄権の問題(The jurisdiction issue)、(2)適切な法廷地の問題(The suitable forum issue)、(3)非差別性の問題(The non-discrimination issue)、(4)競争の問題(The competition issue)(5)救済の問題(The remedies issue)の5つの問題が取り上げられましたが、上告人の主張はすべて棄却されています。

 今回は、各争点の主要部分についてまとめます。

争点1(管轄権の問題)

 5つの争点の内で特に重要な争点は(1)の管轄権の問題になると思います。具体的には、英国裁判所が、多国籍特許ポートフォリオに関するグローバルライセンス条項を決定することが可能かどうかという点です。

 上告人側の主張は、ETSIのIPRポリシーは、英国SEPが英国裁判所によって有効かつ侵害されていると認められている場合にのみ、英国裁判所が英国SEPのライセンス条件を決定することのみを許可しているというものでしたが、英国最高裁判所は『ETSI がその IPR ポリシーに基づいて作成した契約上の取決めが、英国裁判所に外国の特許を含む特許ポートフォリオのライセンス条件を決定する管轄権を与える』と判示しました。また併せて上告人側による、IPRポリシーによりSEP保有者は国内裁判所に差止めを求めることを禁止している、との主張も退けられています。一方で、重要特許の有効性・侵害性について懸念がある場合は、特許発明の実施者は外国裁判所にそれらの特許に異議を申し立てる権利は留保されている旨の見解も述べられました。

争点2(適切な法廷地の問題)

 2つの目の争点は、中国の裁判所が英国裁判所よりも本紛争解決のためにより適切な法廷であるであるか否かについての問題です。

 上告人側は中国の裁判所が紛争を裁定するためのより適切な法廷地になると主張しました。これに対して、英国最高裁判所は専門家ヒアリングに基づき、中国の裁判所は現在少なくとも全ての当事者の合意なしにはグローバルFRANDライセンスの条件を決定するために必要な管轄権を有していないと判断し、それゆえに適切な法廷地とはなりえないとしました。

争点3(非差別性の問題)

 3つの目の争点は、FRAND条件の非差別的(Non-Discriminatory)の部分はいわゆる「厳格な(hard-edged)」要件であるか否かについてもの問題です。

 上告人側はSEP保有者は、ライセンシーを異なる方法で扱う客観的な理由があることが示されない限り、全てのライセンシーに同一又は類似の条件を供与する必要があると主張していました。

 これに対して、英国最高裁判所は、SEP所有者は同様の状況にある全てのライセンシーに最も有利なライセンス条件と同等の条件でライセンスを供与する必要はなく、非差別性の義務は「厳格な(hard-edged)」ものではなく「一般的な(general)」ものであるとして、上告人の主張を退けました。

争点4(競争の問題)

 4つ目の争点は、FRANDライセンス提案をすることなく差止め救済の手続をとった場合はEU機能条約(TFEU)第102条に反して、支配的地位の濫用とみなされるのか否かの問題です。

 上告人側はFRANDライセンス提案をすることなく差止め請求の手続をとった場合、Huawei v ZTE事件において欧州連合司法裁判所(CJEU)によって示されたガイダンスに従っていないためEU機能条約(TFEU)第102条に反して、その支配的地位の濫用とみなされるべきであると主張していました。

 これに対して、英国最高裁判所は、警告又は被疑侵害者との事前協議なしに差止請求訴訟を提起することは、TFEU第102条に違反するが、Huawei v ZTE事件でCJEUによって設定された手順に従うことは義務的な要件ではないと判断しました。

争点5(救済の問題)

 仮に実施者がSEPを侵害しているとしても裁判所は差止めを認めるべきではなく、代替のより適切な救済は侵害された英国特許のライセンスについて合理的に合意されるロイヤルティに基づく損害賠償の裁定に限られるか否かの問題です。

 これに対しては損害賠償の裁定を、高等法院で認められかつ控訴院によって支持された差止めの代替とすることができた根拠はないと判断しました。

まとめ

 今回の重要ポイントはETSIポリシーに基づき、無線通信システムに関する標準必須特許(SEP)に関して英国裁判所がグローバルポートフォリオのライセンス条件を決定する管轄権を有するということを最高裁判所として判断した点です。今後SEP関連の紛争解決の場としての英国の重要性が高まると予想されています。

 今回は以上です。

 なお詳細については、英国最高裁判所のサイトに公開されているで判決文やプレス向けのサマリ、JETRO(日本貿易振興機構)によるサマリの和訳をご確認ください。