ノキア vs ダイムラー 無線通信関連の訴訟特許紹介(EP 2981103)

 今回紹介するのは、昨年、SEP関連訴訟で注目を集めたノキア(原告)とダイムラー(被告)の間の訴訟(事件番号:2 O34/19 、独マンハイム地方裁判所)で対象となった特許(EP 2,981,103)です。

 この訴訟では第一審判決で、ノキア特許は標準必須特許(SEP)と認められ、ダイムラー対する差止請求が認容されています。ノキアとダイムラーの間ではドイツ国内の複数裁判所で訴訟が行われており、これら一連の裁判ではSEP権利者が最終完成品メーカのみにライセンスを許諾し、最終完成品メーカのサプライヤーへのライセンスを拒絶することがFRAND宣言に反するかなどの論点が争われ、現在デュッセルドルフ地方裁判所からCJEU(欧州司法裁判所)へ質問が付託されています。

 EP 2,981,103について

 本特許は4Gモバイル通信ネットワークシステムにおいてランダムアクセスの際に端末から基地局に向けて送信されるプリアンブルを生成するために用いられる信号系列のサーチ順序に関するものです。

 ここでの信号系列はRoot Zadoff-Chuシーケンスと呼ばれるものです。このコラムではRoot Zadoff-Chuシーケンスについて詳細は説明しませんが、以下の数式に従って生成される信号系列になります。この式中のuが後述する物理ルートシーケンス番号(Physical root sequence number)に該当し、ルートシーケンスを決める直接のパラメータとなります。またNzcはRoot Zadoff-Chuシーケンスのシーケンス数を決める変数となります。例えばNzcによってシーケンス数が838と定められた場合、物理ルートシーケンス番号は1から838までをとり、それぞれに番号に対応したルートシーケンスが得られます。

TS 36.211(V8.6.0) 5.7.2より抜粋

 ランダムアクセスとは端末と基地局との間で同期をとるために行われる処理で、主に端末が通信を開始するときに行われます。この処理は端末から基地局に向けてプリアンブルと呼ばれる信号系列が送信され、基地局がプリアンブルを検出して、端末から通信要求を認識するところから始まります。

 4Gモバイル通信ネットワークシステムの基地局の各セルには64個のプリアンブルが割当てられており、各基地局は自局に対して割当てられたプリアンブルのセットを示す情報を、ランダムアクセスに先立ってブロードキャスティングして周囲の端末に伝えます。端末はその情報に基づいてプリアンブルのセットを特定し、その中から一つのシーケンスをプリアンブルとして選択してランダムアクセスを開始します。

 具体的にはプリアンブルのセットは、基礎となる信号系列(ルートシーケンス)と、そのルートシーケンスを派生させて複数の別シーケンスを生成するための情報である循環シフト値(Ncs)に基づいて生成されます。

 ここで1つのルートシーケンスから常に64個のプリアンブルが得られれば特に問題ないのですが、実際には一つのルートシーケンスから得られるプリアンブルの数が64個に満たない場合もあります。その場合は複数のルートシーケンスが必要となりますが、端末が次のルートシーケンスをどの様にして決定するかが問題となります。

 一つの解決策としては複数のルートシーケンスを基地局からブロードキャストするという方法です。しかしながらそれでは基地局から端末へのシステム情報を報知するチャンネルリソースが多く必要となります。そのため4G通信ネットワークシステムでは予めルートシーケンスのサーチ順序を決めておき、基地局からはルートシーケンスを一つのみ報知しで、複数のルートシーケンスが必要な場合は、所定の順序に従って64個のプリアンブルが得られるまでルートシーケンスを変更しながら、プリアンブルの生成を行います。

 各ルートシーケンスには物理ルートシーケンス番号(Physical root sequence number)とは別に、論理ルートシーケンス番号(Logical root sequence number)が番号が割当てられ、論理ルートシーケンスの番号に従って、物理ルートシーケンス番号がサーチされるようになっています。

 例えばシーケンス数838のルートシーケンスを用いる場合は論理ルートシーケンス番号は0から837までとなります。ルートシーケンスのサーチは論理ルートシーケンス番号に従って、且つ、循環的に行われます。即ち論理ルートシーケンス番号837の次は論理ルートシーケンス番号0のルートシーケンスが用いられることになります。

 論理ルートシーケンス番号(Logical root sequence number)と物理ルートシーケンス番号(Physical root sequence number)の対応関係は、具体的には3GPP TS 36.211のTable 5.7.2-4及びTable 5.7.2-5に規定されています。例えばTable 5.7.2-4ではシーケンス数838のルートシーケンスを用いる場合の対応関係が示されています。

3GPP TS 36.211(V8.6.0) Table 5.7.2-4

 しかし、ここでなぜ、ルートシーケンスに対してわざわざ論理ルートシーケンス番号を割り当て、ルートシーケンスの番号の並びを変えているのでしょうか。物理ルートシーケンスの順番でルートシーケンスを使わないのは何故なのでしょうか。それは各ルートシーケンスを送信するために必要とされる電力を示すキュービックメトリック(CM)値や、高速動作時に各ルートシーケンスでサポート可能な最大のセルサイズを考慮して、ルートシーケンスの並びを変えているからです。

 ノキアの特許(Claim 1)では、このルートシーケンスの並びを以下のように規定しています。

  • dividing the sequences into a first set with cubic metric values below a predetermined threshold and a second set with cubic metric values above the threshold,
  • forming two or more subsets of the sequences in the first set and two or more subsets of the sequences in the second set according to the supported cell sizes,
  • wherein the subsets are arranged such that supported cell sizes of the sequences increase between subsets of the first set and decrease between subsets of the second set or vice versa, and
  • ordering the sequences in each subset according to their cubic metric values,
  • wherein the sequences of adjacent subsets are ordered with alternating decreasing and increasing cubic metric values.

 つまり、以下の5つの事項に基づいてルートシーケンスの順番を決めています。

(1)所定のCM値を閾値として、シーケンスを、第1セット(a first set)と第2セット(a second set)の2つにグループ化する。

(2)サポート可能な最大セルサイズに応じて第1セットと第2セットのそれぞれの中に2以上のサブセット(subset)を形成する。

(3)第1セットのサブセットはサポート可能な最大セルサイズが昇順または降順となるように並び、第2セットのサブセットはサポート可能な最大セルサイズが降順または昇順となるように並べる。

(4)各サブセット内のシーケンス順序はCM値に従う。

(5)隣接するサブシーケンスのシーケンスはCM値の昇順と降順が交互となる。

 3GPPのTS 36.211のTable 5.7.2-4、5.7.2-5からは、キュービックメトリック値や、高速動作時のサポート可能な最大セルサイズをどの様に考慮して順番を決めているか分かりません。しかし規格策定過程で提出された寄書では以下のようになっています。この寄書を見る限りはノキアの特許に合致しているように見えます。ノキアとダイムラーのマンハイム地裁の第一審では、このような議論の過程も踏まえて標準必須特許との認定がなされたのだと思います。

3GPP 寄書 R1-074514より抜粋

今回は以上です。